『あんぱんまん』が教えてくれたこと―神話的考察

アニメ「それいけ!アンパンマン」の原作、やなせたかしさんの絵本『あんぱんまん』の神話的考察。

(14) 「すぐに また しゅっぱつです」―世界の救い方

「それじゃあ、また

おなかの すいた ひとを

たすけに いってきます」

あんぱんまんは、すぐに

また しゅっぱつです。

f:id:anpanman-yokosi:20140903231435j:plain

やなせたかし『あんぱんまん』フレーベル館 1976年

 

 新しい顔を作ってもらったあんぱんまんは、

休む間もなく、飛び立っていきました。

ぱんつくりのおじさんが、笑顔で見送っています。

 

あんぱんまんは英雄、ヒーローです。

だから、この物語は「英雄神話」と言っていいと思います。

 

英雄と言うと、

「悪い竜を退治して、この国に平和をもたらしました」

といった姿を想像しますが、

あんぱんまんの場合、国を救うどころか、

一度に助けられるのはせいぜい一人か二人。

 

一度に救えるのが一人だけなので、

おじさんに顔を作ってもらっては、

「それじゃあ、またいってきまーす」

みたいな感じで、

人を助けるのが、もはや日常になってしまっている。

 

でも、それがいいんですよね。

 

あんぱんまんが戦っているのは、

竜とか怪物に象徴されるような諸悪の根源ではなく、

「飢え」、すなわち人を生から遠ざける、

孤独とか、心の空白みたいなものなのです。

 

「同じ釜の飯を食う」という言葉がありますが、

あんぱんまんは、それこそ自分の顔を食べさせることによって、

相手と人格的に結び付き、相手の心を満たし、

与える喜びとは何かを教えるのです。

 

この「飢え」は、一人ひとりと向き合うという仕方でしか、

満たせない。

一人ずつ救う、という仕方でしか、

あんぱんまんの世界は救われないのです。

だから、あんぱんまんは世界のヒーローではなく、

「私」のヒーローなのです。

 

そして重要なことは、

あんぱんまんの行為が日常であり、

一人ひとりに対するものであるからこそ、

あんぱんまんは救済者であると同時に、

私たちのロールモデルとなりえた、ということです。

 

私たちは、竜を倒したり、国を救うことはできない。

でも飢えた隣人にパンを差し出すことはできる。

世界はたぶん、そうやって救われていくのです。

 

 

一人ずつ救う、という仕方でしか、世界は救われない。