『あんぱんまん』が教えてくれたこと―神話的考察

アニメ「それいけ!アンパンマン」の原作、やなせたかしさんの絵本『あんぱんまん』の神話的考察。

(16) 「そのためにこそ、たたかわねば」―魂の飢え

私たちが現在、ほんとうに困っていることといえば物価高や、公害、餓えということで、正義の超人はそのためにこそ、たたかわねばならないのです。

 

あとがき「あんぱんまんについて」より

やなせたかし『あんぱんまん』フレーベル館 1976年)

 

 

 あとがきの中で、作者のやなせさんは

当時の日本が抱えている問題を

「物価高、公害、餓え」と言っています。

物価高、公害に続いて、餓え、というのは少し不似合な感じもします。

 

この絵本が最初に発表されたのは1973年。

オイルショックによって物価が上がり、

また、水俣病イタイイタイ病などの公害病

大きな問題となっていた時期ですが、

それでも経済は大発展をとげ、

日本は世界第二位の経済大国になっていました。

 

だから、ここで言っている「餓え」は、

貧困による空腹というよりは、精神的なものとして解するべきでしょう。

お腹いっぱい食べられるようにはなったけど、

より一層強く感じられる心の貧しさや、満たされなさを

作者は「餓え」として表現したのです。

 

心の貧しさ、魂の飢えを、

私たちはどうすればいいのか。

これが『あんぱんまん』の投げかける問いです。

 

 

人は身体的な存在であると同時に、

人間同士の関係の中を生きる社会的な存在であり、

また、神あるいは絶対的他者との関係を生きる

宗教的な存在でもあります。

 

人は身体的、社会的、宗教的という三つの側面を持っていて、

それぞれにおいて、「飢え」があり、「死」があります。

身体的には生きているが、社会的に死んでいる、という状態もあるし、

生活も人間関係も充実しているが、何か心が満たされたない、

ということもあります。

 

三つ側面のうち、どこに重きを置くかは、人それぞれです。

「人と関わるのはまっぴらごめん、飯が食えればそれでいい」

という態度もあれば、

「神的存在と一体となるために、食ベ物も、人との関わりも断つ」

という、山に籠る修行僧みたいな生き方もあります。

 

しかし、あんぱんまんを見ていると、

この三つの側面というのは、

いずれかに重きを置くというのではなく、

重なっていることが大事なのだということがわかってきます。

 

顔を差し出すというあんぱんまんの行為は、

旅人や子どもの空腹を満たすと同時に、

そこに新しい人間関係を生み出し、

一方で、ぱんつくりのおじさんとの関係を深めます。

 

飢え死にしそうな人に、口だけ「友達になってください」と

言ったところで、聞いてくれないだろうし、

自分の力だけで善行を積もうとしても、

疲れ、擦り減ってしまうだけです。

 

三つの側面を重ねて見てみる。

身体的にも、社会的にも、宗教的にも、

しっかりとしたつながりがあり、

そこに命が流れている。

それがあんぱんまんが教えてくれた生き方です。

 

 

身体的、社会的、宗教的という三つの側面を重ねて生きる。